知財や特許が大事といっても馴染みがなくあまりピンとこない方も多いのではないでしょうか。
特に、中小造船業と知財との繋がりはイメージしにくいと思います。・

実は知財を活用している造船所もあります!
そこで、中小造船業において実際に知財を活用している事例がないか独自に調査をして事例をみつけましたので紹介したいと思います。
山中造船の「エラ船型」における知財活用事例
山中造船株式会社の紹介
山中造船株式会社は造船業が盛んな愛媛県今治市の造船メーカーです。
主に中小型の貨物船を建造しており、同じ今治にある今治造船や新来島どっくのような大手と比較すると規模は小さい会社です。
しかしながら、山中造船は「エラ船型」という画期的な船型を開発し、それを知財で保護して活用をしています。

もっと知りたい方は公式ホームページを見てみてください!
出典:山中造船株式会社
「エラ船型」の技術紹介
下図のように船はの船体は水の抵抗を減らすために滑らかな流線形となっています。
一方で貨物は沢山積めるようにしたいのでホールド(貨物倉)は単純な直方体が望ましいです。
出典:山中造船株式会社
そして、流線形の船体に直方体のホールドを収めようとするとホールドの角と船体が干渉してしまいます。
従来の考えでは、貨物室の角を削って船体に合わせるか、直方体のホールドが収まるように船体を大きくする(図の青線で示す一般船型)ことが一般的でした。
しかし、それでは貨物の積載量が減ってしまったり、船体が大きくなって燃費が悪くなってしまいます。
そこで、大胆にも流線形の船体からホールドの角をエラのように飛び出させるという「エラ船型」を開発します。

水の密度は空気の約800倍です。水中で大きな抵抗になる突起物を船体に設けるのは思い切ってます!
出典:山中造船株式会社
船体にエラ状の突起物を設けると燃費が悪化すると考えるのが常識です。
ところが、エラによる燃費悪化よりも船体が小さくなることによる燃費改善効果の方が大きくなり、ホールドの容積と燃費を両立することができました。
「エラ船型」における知財ミックス戦略
知財ミックス戦略とは、ある技術に対して、特許、意匠、商標、ノウハウといった性質の異なる様々な方法で多面的に保護を図る戦略です。

知財ミックスではアップル社のi-phoneなどが有名です!
先ずは、知的財産権の代表的なものの特徴を簡単にまとめておきます。
- 技術的思想の創作である発明を保護するもの。
- 権利内容を文章で表現するため、構造、プログラム、方法といった様々なものを権利化できる。
- 複雑な形状を文章で表現するのは難しく権利に抜け道が生じることもある。
- 物品等の形状や模様といったデザインを保護するもの。
- 権利内容を図面で表現するため、形状がはっきりしたものしか権利化できないが、複雑な形状でも権利内容をはっきりさせることができる。
- 権利範囲はその形状そのものだけではなく類似する範囲にも及ぶ。
- 権利化や維持費用が安価。
- 特許や意匠と制度趣旨が大きく異なり、ロゴマークや商品名(の信用)を保護するもの。
- 更新を繰り返すことで半永久的に保護が可能。
- 権利化や維持費用が安価。
特許による権利化
山中造船は「エラ船型」の基本特許(特許2841171)を平成7年(1995)2月14日に出願しています。
この出願は特許査定となり、2014年10月23日まで権利を維持していました。
権利内容である特許請求の範囲は【請求項1】のみで下記の内容です。
エラ船型の形状を「外方に向けて滑らかに膨出」と極めてシンプルに表現しているため、権利範囲は広いと言えます。
【請求項1】
貨物倉の前端における内底板部付近の角部に対応する船体外板部分を、外方に向けて滑らかに膨出させてなることを特徴とする貨物船における船体構造。
実際にこの権利は、三菱重工と日立造船(現ジャパンマリンユナイテッド)という大手造船メーカーから異議申し立て(権利が邪魔なので潰したい)を受けていることから、極めて有効な特許ということができます。

他社にも効いていますね!
しかしながら、問題点を挙げるとすれば、どのような形状であれば「外方に向けて滑らかに膨出」に該当するのか具体的な記載がなく、権利行使がやりにくい権利という点かと思います。
その後、山中造船は上記特許の延命を試みたと思われる特許出願(特開2016-132450)を行っています。
その特許請求の範囲は下記の通りで、エラの部分の形状をかなり具体的に特定しています。
【請求項1】
船体外板のうち船首側における内部貨物倉前端の内底板付近角部に対応する部分が外方に膨出する四角錐体状膨出部に形成され、
該四角錐体状膨出部の内側に内部貨物倉前端角部を配設し、
前記四角錐体状膨出部は、4枚の3角形斜面の頂点を一致させて船体の最外側に位置する頭頂部とし、
3角形斜面のうち頭頂部となる頂点で交わる2辺を、別の3角形斜面の頭頂部となる頂点で交わる2辺と連接して4枚の斜面を連設して4本の斜辺と4枚の斜面により形成され、
前記4枚の斜面の境界となる4本の斜辺は、船体の側面側から視ると、前記頭頂部を交点として直交して交差する2本の直線を呈し、
該2本の直線のうち1本の直線を呈する対向する2本の斜辺は前記船体の内底板と平行な位置関係となるように配設され、
もう一本の直線を呈する2本の斜辺は前記内底板と直交する位置関係に配設されてなることを特徴とする貨物船における船体構造。
しかし、この出願は先ほど述べた自社の基本特許が引用されて拒絶査定となり、特許による延命を断念しています。

特許だけでの保護では万全とはいいにくい部分もあります…。
意匠による権利化
山中造船がどのような検討を行ったのかわかりませんが、このエラ船型を意匠という形でも権利化しています。
登録意匠は5件でエラ船型の様々なバリエーションを権利化しています。

詳しく見たい方はJ-PlatPatで出願人を山中造船にして意匠検索してください!
- 意匠登録1658620(出願日:令和1年9月6日)
- 意匠登録1658619(出願日:令和1年9月6日)
- 意匠登録1658618(出願日:令和1年9月6日)
- 意匠登録1538881(出願日:平成26年12月26日)
- 意匠登録1473020(出願日:平成25年5月24日)


意匠は図面で形状を特定し、権利範囲はその類似範囲にも及ぶため、特許ではカバーしきれない模倣品をカバーできます。
また、エラ部分を実践で描いてその他の部分を破線で描いてエラ部分を部分意匠として権利化しています。
こうすることで、エラ部分を備えているにも関わらず船全体としては登録意匠に類似していない船に対しても権利行使できるようにしています。

先ほどの特許権は消滅していますが、今でも意匠権で保護され続けています!
商標による権利化
エラ船型という名前については商標登録されていない状況です。
エラ船型という名称を安心して使い続けるために商標登録出願するのもよいと思います。
ちなみに山中造船はかもめプロペラ(プロペラメーカー)と共同で「ゲートラダー」と「GATE RUDDER」、「ゲートラダーのマーク」について商標権を持っており、商標についてもしっかりと考えていると思います。
ゲートラダーとは、写真のように門型の舵をプロペラの外側に配置し、舵を様々な向きに切ることでプロペラが発生する水流を様々な方向に向けることもでき、船をその場旋回させることもできる画期的な舵です。
出典:かもめプロペラ株式会社 – 船舶用プロペラ・推進装置の総合メーカー
まとめ
船体形状のように、外観に表れるもので文章による表現が難しいものについては特許だけではなく意匠による権利化も検討するとよいと思います。
また、特徴的な名前を考えてホームページなどでアピールしていくのであれば、安心して使い続けられるように商標登録も検討するとよいと思います。

知財の活用やリスク回避については以下の記事も参考にしてください!
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